Yu-Run記

郵趣(切手・風景印など)とランニング・マラソンのブログです

【run観光】木古内町観光

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2017年5月28日(日)、JR北海道発足30周年記念「JR北海道日帰り周遊パス」と特急券購入で道南方面への日帰り旅行。木古内郵便局で使用の風景印の題材を中心に木古内町内のrun観光です。
北海道新幹線・新函館北斗駅→木古内駅移動。大半は防音フェンスで、車窓風景を楽しむことができないのですが、たまにフェンスがない区間では北海道らしい風景を見ることができます。で、北海道新幹線のスピードを確認すべく、手持ちのGPS機能付き時計でスピード測定したところ、時速230kmを超えました。北海道新幹線のイメージキャラクター、北海道日本ハム・大谷翔平選手の投球、最高速度の時速165km(写真は2016年10月16日のパ・リーグ・クライマックスシリーズ、札幌ドームでの北海道日本ハム-福岡ソフトバンク戦で記録したときの大型ビジョンの様子)を上回ってます!
で、約35kmをわずか13分で木古内駅到着。次は奥津軽いまべつ駅…残念ながらここで下車。
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で、北海道新幹線開通の2016年3月26日オープンの道の駅みそぎの郷(さと)きこないへ。木古内町キャラクター・キーコくんの郵便ポストが出迎えてくれてます!
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このあと木古内郵便局風景印に描かれている薬師山の東屋へ。薬師山は北海道新幹線(新青森・新函館北斗間)開業切手にも「薬師山芝桜」として登場し、東屋も描かれています。
で、薬師山へ行ったところ風景印や切手に描かれている東屋がない…。そして芝桜もほんのわずかしか咲いてませんでした。あとでネットなどで確認したところ、昨年・2016年8月30日に北海道渡島半島の南(津軽海峡)を通過。21時16分、木古内では瞬間最大風速29.8m/秒を記録。その影響で薬師山の東屋は崩壊してしまったのでした…。残念。薬師山にある手書き風看板も台風の影響なのか、倒れてました。
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そしてサラキ岬に1871年11月2日(旧暦明治4年9月20日)、暴風雨による座礁でサラキ岬沖で沈没(船長の操縦ミスが原因の説も有)した咸臨丸(かいりんまる)の復元船が展示されています。
なお咸臨丸の最後の航海は、戊辰戦争で破れた仙台藩白石城主片倉小十郎家臣団401人が仙台・寒風沢(さぶさわ)から函館で寄港したあと小樽に向けて出航するもサラキ岬沖で沈没。幸い全員無事救出。一行はいったん函館へ徒歩で戻り、第2陣の庚牛丸に乗船して小樽到着。札幌の東に村をつくり(一部は発寒村(今の札幌市手稲区)に入る)、郷里の名から「白石村」と命名。今は札幌市白石区として「白石」の名が残っています。苦難がありながら、宮城・白石から札幌・白石への移住の橋渡しが「咸臨丸」ということで、札幌市民(18年間は白石区民)として特別な思いがありますね。
なので、1960年5月17日発行「日米修好通商100年記念」切手の咸臨丸も思い入れが強いです。なお描かれたのは沈没する前です(鈴藤勇次郎画、横浜開港資料館保管)。
咸臨丸は風景印には描かれていないものの、木古内町のデザインマンホールに入っています。
4年後の2021年は咸臨丸沈没150年…何かイベントやりそうですね。
「オランダチューリップ花園」があるのは、咸臨丸がオランダ製造船(製造当初は蒸気船、1866年に帆船へ改造)にちなむものです。
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そして木古内町から北斗市へ移動前、木古内町カントリーサインを撮影(上から1枚目写真)。カントリーサインは毎年1月15日開催「寒中みそぎ」。4人の若者(行修者)が別当・稲荷・山の神・弁財天の4体の御神体を抱き、厳寒の津軽海峡に飛び込んで、豊漁・豊作祈願しており、木古内郵便局風景印、カントリーサインそばの看板も寒中みそぎをしている行修者が描かれています。カントリーサインでは行修者が持っている御神体も描かれています。
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以上、木古内町内の観光レポートでした。