Yu-Run記

郵趣(切手・風景印など)とランニング・マラソンのブログです

【マラソン】東京マラソン2016、今回は応援

イメージ 1

2016年2月28日、第10回記念の東京マラソン2016に出場…と言いたいところですが、今回は抽選に漏れたため、出場するランナー仲間の沿道応援で東京遠征です。
スタート前、マラソンコースが描かれている風景印を使用している銀座郵便局(銀座4丁目・和光)、芝郵便局(東京タワー、増上寺)、新宿郵便局(東京都庁)の順で行き、ゆうゆう窓口で風景印押印。
そのあと新宿三丁目駅北側の新宿5丁目(スタートから2km手前)でスタート(9時10分)直後の様子を見届ける。さすがに大勢のランナーが20m以上の道幅全体で通り過ぎていくので、ランナー仲間を見つけることはできず。天気は晴天。気温はスタートの9時10分時点で9.3度もすぐに10度を超える。
イメージ 2

スタート10分後の9時20分に新宿三丁目駅から都営地下鉄新宿線→三田線(神保町駅乗換)で三田駅へ。三田駅前(JR田町駅前)で応援第2弾。ちょうど男子トップ集団の様子も見ることができました。そのあとやっとランナー仲間を見つけて声援を送り、約1時間滞在。
イメージ 3

イメージ 4

このあと都営地下鉄浅草線で浅草橋駅へ。浅草橋駅前で応援第3弾。ランナー仲間でサブスリー(3時間切り)の方は既に第2折り返し後の浅草橋駅前通過後で応援できませんでしたが、ほかのランナーはまず約26kmの往路、そして30km手前の復路は地下鉄の通路を使い、通過する時間あたりに待機し、見つけたランナーに声援を送る。約50分滞在。
そのあと蔵前橋を渡り、都営地下鉄両国駅まで1.4kmジョグ(走り)移動。都営地下鉄大江戸線→東京メトロ有楽町線(月島駅乗換)で豊洲駅下車。豊洲駅前は応援者がとても多く、その付近での応援は断念。フィニッシュ方向に約800mジョグ移動し、39km地点過ぎ(イオン東雲店前)でフィニッシュタイム4時間前後のランナー仲間を応援。応援第4弾。
イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

これで予定どおり4か所での東京マラソン応援終了。天気は13時前までずっと快晴。私は第1回(2007年)、第4回(2010年)、第7回(2013年)、第9回(2015年)と4度も出場しながら、走行時間中の気温はすべて8度以下の低温(2月下旬の12時時点気温は8.6~9.2度)。さらに第7回を除く3回は雨(第9回はスタート直後に雨はほぼ上がるも、大会唯一、日照時間0分と晴れの時間が全くなし)。それ以外で雨は3月開催の第3回のみ。そのときは気温15度以上。つまり、2月開催で雨が降ったときはすべて私が出場。逆に言えば、私が不出場であればほぼ晴れ(6回、8回はおおむね曇り)。なので、今回の晴れは私の不出場で既に確定だったかも(苦笑)。なお第4回にいたってはレース中、東京湾岸に津波警報発令(2012年以降であればその段階でレース中止)もあり、逆モッテる状態ですね…。
で、この日はサッカーJ2開幕戦、東京ヴェルディ-北海道コンサドーレ札幌の試合が東京都調布市・味の素スタジアム(東京スタジアム)で13時から行われるので、後半だけ会場へ行って応援するため、豊洲駅に戻り、東京メトロ有楽町線→都営地下鉄新宿線(市ヶ谷駅乗換)→京王でスタジアム最寄り駅の飛田給駅到着。味の素スタジアム到着は後半始まったばかりの14時10分。スコアは0-0。会場でコンサレプリカユニを着て、サポーターの応援に合わせて声援を送るも、お互いに決定的なチャンスはなし。
後半31分、相手のカウンターを食らい、外国人FWの個人技で先制点を許す。このあともコンサドーレは単調な攻めで、簡単に相手にボールをカットされ、シュートもできず。
終盤、相手のミスでヴェルディゴール前にコンサドーレ選手がボールを持ち込むも、シュートはできず。後半ロスタイムは5分ありながら、チャンスは訪れず、0-1の敗戦。2年前もコンサドーレのJ2開幕戦がジュビロ磐田とアウェイ、ヤマハスタジアム(静岡県磐田市)で行われ、その日が静岡マラソンということで、42.195km走ったあと、磐田へ移動してコンサ応援。ずっと劣勢の中、数少なくチャンスをものにして1-0の勝利…というときもありましたが、今回は●でした。
試合終了すぐにスタジアムを出て、飛田給駅へ…ではなく、スタジアム前にある1964年10月21日に行われた東京オリンピックのマラソン(当時は男子のみ)の折り返し地点の看板と記念碑を撮影。このときはアベベ・ビキラ選手(エチオピア)が2時間12分11秒2の世界記録更新でマラソン2連覇。円谷幸吉選手が陸上競技場に入ったときは2位でしたが、レース前時点の世界記録保持者のベイジル・ヒートリー選手(イギリス、2時間16分19秒2)に抜かれ、2時間16分22秒8で3位。折り返し地点で既にアベベ選手が独走で勝負有り。円谷選手は後方からレースを進め、少しずつ順位を上げ、メダル獲得。このことは以前も書いたのですが、ユーチューブでレースのダイジェスト動画がいろいろ提供されていて、それを見ると、暑さと湿気の営業もあり、序盤で飛ばしたランナーは終盤で大幅に速度が落ち、中には歩いたり、止まったりするランナーもいて、非常に過酷なレースでしたが、その中で世界記録を出したアベベ選手はフィニッシュの様子ではまだまだ余裕たっぷり。円谷選手は競技場に入っていっぱいいっぱいでしたが、それまでは自分のペースを守って走っていました。身の丈で走ることがまず一番ですね。なお、味の素スタジアムの場所は1964年東京オリンピック時点でアメリカの基地でした。
イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

このあとJR御徒町駅そばの銭湯に寄り、新橋駅前の居酒屋で今日走ったランナー仲間と打ち上げ。
20:30発・羽田→新千歳便利用で無事その日のうちに帰宅しました。
今年は応援でしたが、ランナー皆さん輝いてました。感動です!やはり東京マラソン、いいですね!!!ぜひ多くのランナーにこのコースで走ってもらいたいですね。私は一度でいいから今回の東京マラソンのような天気で走りたいです(苦笑)。